2005-11-01から1ヶ月間の記事一覧

朝 欧 時代来るか

琴欧州が朝青竜の記録を抜いて 最速19場所で大関になった 相撲界のメッセンジャーが 佐渡が嶽部屋を訪れて 満場一致で大関昇進を決めたことを伝えると 親方 と 琴の若に囲まれた琴欧州は 大関の名に恥じぬように 精進します と神妙に述べていた 朝青竜と琴欧…

消える文字

これも公園内の事柄であるが 注意を促している看板がある ところが 文字の一部が消えていて 意味がわかりにくくなっている 消えた文字がうっすらと残っていることが多いのに これは まったく消えている 何とか判読すれば 読めないことも無いが 看板の生命は …

紅葉 黄葉

小学館の植物図鑑の説明によると 葉はもともと 緑のクロロフィル と 黄色のカロチノイドとをもっといる 秋になって 葉でつくられている 糖分 が 枝のほうに行かなくなると 葉に貯まった糖分は赤いアントシアンという色素に変わってしまう クロロフィルは分解…

落花と落葉

旅行記をかいているうち すっかり秋になってしまった 今 紅葉の季節で テレビでは連日のように 京都などのもみじの名勝を映し出して紹介している 旅へのいざないというより 紅葉見物に行かなくとも テレビで見られますという感じだ 秋はそこはかとなく 寂し…

後記

年齢的に考えて 一週間以上の海外旅行は今年が最後だろうと思い それならば 効率のいい旅行を選ぶのがいい そこで 最初に申し込んだのは 阪急交通のエジプト トルコ8日間と言うもの 3つの大ピラミッドを見たり ナイル川に浮かんだり カッパドキアを見て最後…

帰りの飛行機

空港でガイドと別れて 構内に入った 搭乗まで時間があったので 中をぶらぶらしてみた 国際空港であるから いろいろな物を売っている クルージングでのんだ林檎の紅茶がうまかった このティーバッグらしいのを見つけて買い込んだ 飛行機に搭乗 満席であった …

伸びるアイスクリーム

エジプトバザールを出た後は もう帰りの飛行機に乗るだけである ところがバスは途中で止まった クルージングの前に 食べるために よったアイスクリーム屋 がしまっていたために 今度は時間的にオープンしているだろうと もう一度立ち寄ったのである ところが…

エジプトバザール

食事の後 前のグランドバザールとちがった もう1つのバザールを訪れる エジプトバザールと言う エジプトに集積された 香辛料をインスタンブールへ持ってきて ここで売ったためにこのような名になったそうだ グランドバザールが観光客用の絨毯 アクセッサリー…

最後の昼飯

クルージングが終わり 金閣湾が見えるレストランで昼食となった 始めるにあたって 添乗員が これが皆さんと ご一緒に食事をするというのも最後となりました つきましては 代表して 沓沢さんに 感想 ご挨拶などを一言お願いしたいと思います 来たな と思った …

ボスフォラス海峡5

大二ボスフォラスを通過して航行を続ければ やがて黒海に出ることになる 黒海まで行くクルージングもあるのだが 私たちの船はここで引き返した 航路をアジア側に近くとったので 今度はアジア側の沿岸がよく見える 海峡を通過する大型船が遠くに見える 別荘な…

ボスフォラス海峡4

第2ボスフォラス大橋が近づいてきた この橋は日本の技術陣によって架けられた橋だとガイドの説明 なんとなく NHKのプロジェクトXを思い出した その橋のすぐ近くに ルメリヒサールと言う 要塞がある 例の征服王といわれた メフメト二世が突貫工事を命じて…

ボスフォラス海峡3

デッキに出てしばらくすると 船内サービスの少女がきて 飲み物のメニューを示した 林檎ティーを注文した しばらくして 少女が 紙カップのはいった 林檎味の紅茶を持ってきてくれたので それを飲みながら 景色を眺めることにした 温かくて 甘く 小さな幸せを…

ボスフォラス海峡2

どんよりと曇っていたが 雨は上がっていた 観光船はかなり大きく フルに乗せたら 50人位乗せられるだろう 下に船室にしばらくいたが デッキに出てみた 風があり少し寒いが 景色がすばらしい 晴れていたらさらによかったろう なるほど狭い海峡だ 左右の景色が…

ボスフォラス海峡

黒海は もしボスフォラス海峡がなければ 巨大な湖である その周囲は トルコ ブルガリア ルーマニア ウクライナ ロシア グルジア に囲まれている これらの黒海地方の国々の船は 狭いボスボラス海峡を通過して マルマラ海に抜け さらにダーダネルス海峡を通り …

グランドバザール

9月26日 ついに最終日となった ホテルのバイキングスタイルの朝食を食べながら 広い窓からボスフォラス海峡がみえる 雨であった トルコ人のガイドが昨日バスの中で 天気予報によると 明日は雨模様だそうで そうならないように 私が寝ないでお祈りしますから …

ベリーダンス

ホテルの前に集合した 女性客の中には 昼間の旅行歩きの服装と断然違った きれいな服装に変えた人もいた なるほど 女性の場合 このように着飾るには大きな旅行用のトランクが必要となるであろうと思った 私はリュックと手提げだけなので 余分な衣装など無く …

歩いてホテルに帰る

クラシックなホテルにはクラシックな喫茶店があった 我々はそこでアイスクリームを食べた どういうわけか ひどくオールドファシヨンなリボンを付けた帽子をかぶった老婦人が新聞を読んでいた なるほど ホテルが古典的だと客もレトロ好みなのかと思った この…

クラシックなホテル

トプカピ宮殿を出て バスはまた市内に 添乗員がとてもクラシックなホテルに案内するので希望者は私と途中でバスを降りてください 疲れた方はそのままバスに乗ってホテルまで行ってくださいと言う 疲れていないわけは無いが 物見高いので途中でバスを降りるこ…

トプカピ宮殿

ずいぶん 時間をかけて見学したのだが 意外なことに 撮った写真は少ないということがある トプカピ宮殿の見学がそれだ 理由は撮影禁止のとことが多かったためだ 特に宝物館の超豪華なダイヤモンドやエメラルド それをちりばめた金銀財宝 刀や短剣など目を見…

地下宮殿

地下宮殿といっても ビザンチン帝国時代につくられた貯水槽であるが 336本の円柱が整然と並ぶ地下空間で 宮殿のようにきれいで神秘的である 神秘的なのは薄暗く証明されていて 水と柱との調和がその感じを出しているのである フラッシュをたくと不自然に…

ブルーモスク

トルコはすでにアヤソフィアをモスクに改造した大きなモスクを持っていたが これに対抗して17世紀のはじめ トルコ自身で創造したモスクの造営にとりかかり 完成させたのがブルーモスクである モスクと言うとミナレットという尖塔が特徴だがこれはアザーン…

アヤソフィア大聖堂

9月25日(日曜日) ガイドの話によると ローマのコンスタンチヌス皇帝が都を移してコンスタンチノープル(コンスタンチヌス帝の都)と称したところが今のイスタンブールである ローマ帝国はその後 西ローマ帝国 と東ローマ帝国(ビザンチン帝国)に分裂する…

和食

インスタンブールについたのは夕方であった 大都会であった 土曜日で街は交通渋滞を起こしていた バスがなかなか進まない 何とか 日本レストランに着いた 和食をしばらくぶりで食べた うまい! てんぷらだって油で揚げた物なのに きわめて淡白な物に感じる …

そしてインスタンブールへ

博物館を出て またバスに乗る トルコ第3の都市しイズミールまである 添乗員の話だと もし10日間の旅行だとすると イズミールで観光して トロイの遺跡を見る そしてインスタンブールに着く 全行程バスの旅である しかし8日間なので イズミールから飛行機…

エフェソス考古学博物館

エフェソス遺跡から出土したものを この博物館に陳列してある 約2万5千点にのぼるコレクションなのである 見る方もかなり疲れてきた ガイドが説明して 印象に残ったものだけ写真に撮った ゼウス(ジュピター)の像 くつろぐ兵士の像 大きな像で入場券にも印…