東横線

東横線に乗った最も古い記憶は 電車に乗って多摩川園に行った思い出である 電車に乗るとすぐトンネルがあったことから 乗った駅が代官山駅であることが推察できる 多摩川園は子供には凄く広い遊園地というイメージがあったが 長じてから行ったときこんなに狭かったのかと驚いた 子供には何でも空間は大きく感じるらしい
小学生のとき喘息がひどく 運動をすると発作が起こるので 体操はほとんど見学であった 学校もたびたび長期欠席が多かった そんないつ死んでも不思議でない私を心配して 父は横浜にある喘息治療では有名な先生の診断を受けに横浜まで連れて行った 横浜の先生はしばらく通うように進めたが それは無理であった 診断が終わり 横浜のデパート(今の高島屋?)と思われる食堂で父と昼食をとったが そのとき私は親子丼を食べたと思う 食べきれずに残したが 父は残してもいいよ といってくれたが 後から考えて もったいないことをしたとの思い出が 今でもある
そのときの乗った電車が 東横線であった その当時の東横線は青黒い色の電車で 単車運転であったと思う あんな何両も連結した電車は山手線しか知らなかった 渋谷から出ている帝都線(井の頭線三軒茶屋方面に行く玉電ももちろん単車運転だった