やーしばらくでした

実は私もだまされそうになった経験がある だまそうとしたのは若い人ではなく 私と似たような老人だった
大江戸線新宿駅構内でどちらに出ればいいのか少し迷って 立ち止まっていると 後ろから声をかけられた 振り向くと ニコニコ笑っている老年の男の顔があった やーしばらく 井上です 偶然ですね と言って握手を求めてきた 私は昔この人に会ったことがあるのだろうが このひとがどこの井上さんかわからず混乱していた
あまり変わらず お若いですね 皆も若いと言っていますよ 今どうしていらっしゃいますか?
彼の顔はどこかで見たような気がする 彼はいろいろなことを次から次と話して 最近交通事故にあって 怪我をしてしまいましたと 靴を脱ぎ血のにじんだらしい足を見せた 歯もそのときに折れてしまいましたと 口の中を見せて抜けた歯を示した 
ここまで聞いて はっと気がついたものがあり 彼の話をさえぎった 私は記憶力がわるくなり あなたのことがよく思い出せません どこでお知り合いだったのか もう少し詳しくお話し願えませんか? とたんに彼は私の顔をじっと見て ほらあのときの井上ですよ
学校ですか 会社ですか と私 しばらくして 彼は 学校ですよね
私「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
彼はいろいろと探りを入れてくるが こちらから情報を与えてはいけないというオレオレ詐欺の教訓もあり 彼の問いには沈黙を守ることにした
ついに彼は もういいです あなたは卑怯ですよ 自分からなにも話さないじゃないですか と捨て台詞を残して去って行った
卑怯なのは彼のほうであるが なんとなくいやな思いをしてしばらく立ち尽くしていた
2週間ぐらいのあと 新宿駅の構内で偶然にも彼を見つけた 彼は1人の老紳士に話寄っていた