一国安穏

6月20日は世界難民の日であった 難民はイラクアルカイダ系のテロリストの攻勢 ウクライナの内乱などで今や500万人に達していて とても周辺諸国で受け取る能力を超えているという それで遠いアメリカや欧州の諸国がその受け皿をしなければならなくなっているという それでは 日本ではどうかと言うとNHKの報道《時論公論》によると受け皿は微々たるものらしい NHKの解説員は日本は難民に冷たい国と言われてもしかたがなく 世界の一員として考える必要性を述べていた 私は 一国安穏 主義が奥に隠れているような気がした
平和主義は私も大賛成なのだが 話を単純にするため 仮定的なはなしをすると もし世界のどこかで乱が起こり 放っておくと戦争が拡大する恐れがあるとき 国連軍がその乱を沈めるとする その 国連軍に参加しなくてもよいのであろうか 日本が参加しない分だけ他の国の軍隊が参加する 日本人の戦死は嫌だが 他の国の人なら仕方がないということにならないだろうか どうも一国安穏が潜んでいるように感じるのだが?
地球の気候変動の会議がドイツのボンであった 180の国が12日間の会議で温暖化に対処してゆく姿勢を示している  アメリカ ヨーロッパ は勿論中国も温室ガスを減らすことに努力することを提示した 日本だけは福島の問題があるので化石燃料を燃やさざるを得ず 指針を打ち出すことができなかった これなども 自国民の完全な安全のため 世界的な問題である温暖化阻止には協力できないという一国安穏主義が潜んでいると思うのだが?どうも私の考えは素朴すぎるかもしれないが? それは認めるが少し気になるのであえて書かせていただきました