方向感覚
帰りがけ 空はまだ薄明かりを残していた ふと見上げるとその黄昏の空に満月に近い14日ごろの月がかかっていた 月は赤い色をしていた おそらく水分が多い空気の層を突き抜けて来る光がそのように見せているのであろう これに比べると冬に見える月は鮮やかな黄色をしている 冬は空気が乾燥しているからである
その冬のある日 緑道公園を通過している私は進行方向左手に月を見ていた しばらく歩るいて 木の間がくれに見えている月は進行方向右手であった なんだかとても不思議に感じた 月が移動したのだ そんな馬鹿なことはあるはずがない 月は短時間では固定した存在である 緑道公園はもともとあった川の上に造られている 川の蛇行にしたがって道も蛇行している その道を歩いているのだから 私の体は月に対して 右に回ったり左に回ったりする 月に対して左に回れば月は右方向に見えるし 右に回れば月は左方向に見える 簡単な原理である 不思議に感じたのは 道が緩やかに曲がっていても ぼんやり歩いている私の感覚として まっすぐな道を歩いて来たと思ったからである
人は交差点など直角に曲がるときは 曲がったと言う歴史的な事実を記憶しているが 緩やかに曲がる一本道の場合 曲がったと言う歴史的事実を忘れて まっすぐに来たと思いがちであるのではないかと思う